書評 「チャーチルの愛した日本」
本のタイトルだけを見ると、最近流行り日本礼賛ブームに乗った凡庸な作品に思えるが、内容はチャーチルの両親の人生をも含む大変深いものだった。
特にチャーチルの母、ジェニーの波乱に富んだ人生には惹きつけられた。本書のタイトルも、母ジェニーが日本に旅をし、その内容をチャーチルが伝え聞いて、好感を持ったことに由来する。このジェニーの旅は、夫ランドルフ、即ちチャーチルの父の最後の旅路であった。というのも、ランドルフは一説には梅毒とも言われているが、病が脳にまで達し、錯乱状態に陥っていた。仮にも議員を務めてきた名士の落ちぶれた姿を、人目にさらすわけにはいかないという理由もあるが、病院にとじこめる訳でもなく、医師の制止を振り切って旅を企画するあたりジェニーの行動力を感じさせる。
夫のもしもの時のために、医師と棺を共にし、錯乱した夫との異例の旅行であったが、東京から京都までの旅行記に記される文章には、生き生きとした情景が感じられ、彼女の文才が見て取れる。チャーチルもノーベル文学賞を受賞するほどの人物だが、疎遠だった父に手紙を書くように母が進めるなどの物書きとしての手解きを受けたのかもしれない。
母のこのような旅行記を受け取り、チャーチルも愛したとは言いすぎかもしれないが、多少なりとも日本に興味や好感を得たに違いない。日英同盟に関しても、彼は一貫して支持を続けてきた。一方で、そんな彼から見て、五一五事件や二二六事件で、変化していく日本の姿を見てこう述べている。
「思慮に富んだ穏和な老政治家たち 」はつぎつぎに刃や弾丸の犠牲となり 、 「見識と経験のとぼしい急進的な青年将校たち 」が実権を握り 、全体主義 ・国家主義を国民に押し付ける国となった。
犬養毅や高橋是清といった、名政治家が暗殺されたにも関わらず、我々日本人は声を上げずに軍部の言いなりになってしまった。明治、大正時代に見せた老練な外交手腕もなりを潜め、戦争に突入して破滅を迎えていくことになる。
チャーチル本人のことを知るには、他にも書籍やドキュメンタリーがたくさんあるが、チャーチル家のとして歴史を追うには本書を読むのが良いだろう。