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town-paddyのブログ

ネットラジオと読書が趣味の、コンピュータ嫌いのプログラマが、日々消費するコンテンツを保存・整理するブログ

論評 トランプ氏当選は盲目的な道徳主義への警鐘だ。

大方のメディアの事前予想に反してトランプ氏が大統領選で当選をした。なぜ、このような事態に陥ったのか考えてみたいと思う。

 

これは、現代にはびこる盲目的な道徳主義への民衆の憤りを表している。道徳主義とは何か。精神分析学の創始者フロイトは、人間の精神を無意識、自我、超自我に分類している。無意識から、欲望などの様々な感情が沸き起こってくる。これは動物にもある脳の古い部分から引き起こされ、小動物はそこから沸き起こってくる欲望や感情をそのまま行動に移す。しかし、人間の脳は進化の過程で大脳と呼ばれる新しい部位を手に入れた。これは、古い脳から発する無意識を認識し、それを行動する。この認識し、考え、行動する存在を自我と呼ぶ。デカルトの「考える。故に我あり。」の自我だ。

 

さて、無意識に従うか、従わないかを考える際に、もし無意識に従わないことを決めたならば、何に従うことになるのだろうか?それは、超自我と呼ばれるものだ。無意識から自我に空腹だと知らせがくる。しかし、手元にはパンが一つしかない。これを食べてしまったら、3日間食べるものがない。今は我慢しよう。パンを食べたらなくなるという現象は紛れもない現実だ。因果律や物理法則といった自我を超えた存在、神とも呼べる超自我だ。

 

先のパンの例は単純だが、この超自我は、道徳観として変容を見せる。因果律や物理法則を厳密に考えると判断が間に合わないからだ。だから、人々はこうする事は正しいというパターンを道徳という形で作り上げる。

 

代表例が「移民は受け入れなければならない。」という道徳観だ。確かに、困っている人がいたら助ける社会であれば、人類全体にとって有益だ。しかし、一個人で考えてみれば、無意識の中に、「彼らに生活を何で俺たちの税金で賄うの。損だよ。」「犯罪率が増えて嫌だよ。」といった感情が芽生える。

 

今までは道徳観を盾に、「そんなことを言うのは、慈悲の心のない人間だ。」とか、「世界を知らない田舎者だ。」と罵られるのを恐れて声を上げてこなかった。しかし、そうして妥協していく中で社会に移民が溢れ、無意識からのシグナルが増大していき、自我が耐えきれなくなった結果が、今回のトランプ現象だろう。

 

しかし、アメリカ人の自我が爆発した結果、今回は多数派の白人だったおかげで、選挙という行動で現れたが、少数派が行うテロや暴動と根本的には同じだ。突発的なテロや暴動は、人々を抑圧する道徳観は破壊できるが、因果律や物理法則への根本的な対策ではない。国境の壁建設費をメキシコ人に払わせる具体的な方法も恐らくこれから考えることになるだろう。突発的に大統領になった彼にとって、こういった現実的な問題に冷静に対処できるかは甚だ疑問だ。恐らくは、そういった対処法に慣れた共和党議員がトランプを上手く操って、自分たちの望む政治をするだろう。

 

いろいろと問題のあるトランプ現象だが、人々を抑圧してきた、「グローバル化は正しい。」「移民は人道的に受け入れるべきだ。」といった盲目的な道徳主義に一石を投じてくれたことは間違いないだろう。