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書評 「コンビニ人間」 - 「普通」を強要する世間の図々しさを体現した小説

 

コンビニ人間

コンビニ人間

 

 

2016年芥川賞を受賞した小説「コンビニ人間」を読んだ。日本に染み付いた、思想なく他人に追従する社会を、ここまで読者に突き付けてくれる小説はなかなかないだろう。客観的な視点で、日本人にこのような社会を示してくれた意味で本作は意義深いと思う。感想を言う前にあらすじを示そう。

 

世にいう空気というものが読めない主人公は、いわゆる「普通」に振る舞う方法がわからず、学校生活では変人扱いを受ける。

そんな彼女が学生の頃、ふとしたキッカケでコンビニバイトを始める。コンビニバイトはすべてがマニュアル化されており、それに従えば、世間が求める「普通」のコンビニバイトになれる。この目に見える「普通」を見つけた彼女は、水を得た魚のようにバイトに打ち込み、バイト内でも高い評価を受け、良好な人間関係を築く。

ひたすらバイトに打ち込み続け、月日が流れ、30半ばを過ぎる。彼女は今の生活に満足しているが、年頃を過ぎた彼女に周囲から奇異の目が向けられるようになる。結婚もせずに、バイト生活を続けている彼女が、世間から見て「普通」ではなくなったからだ。せっかく手に入れた「普通」が失われかけていることを感じ、彼女は焦りを感じる。そして、知人や妹から、この年頃の女性は恋愛、結婚をするというのが「普通」だと聞く。だが、彼女はコンビニバイトの生活が自分に合っており、それを崩したくなかった。

そんなある日、白羽という男性バイトが彼女のコンビニに入り、彼の教育係を任されることになる。彼は「普通」とは何たるかを知っている人間だが、それを強要する世間から逃げたいと考えていた。それゆえ、彼はバイトに身が入らず、やがて姿をくらましてしまう。

あんな使えない奴はほっとけと言う職場の声をよそに、教育係である主人公は、律儀にもバイトに復帰するように連絡をとる。そして、彼から世間から逃げたいという気持ちを聞く。そこで彼女はひらめいた。その男を家で「飼う」ことにしたのだ。この行動は両者にとって都合の良いものだ。白羽にとっては、部屋にいるだけで、餌がもらえるので世間に関わらなくても良いし、主人公は男性と恋愛中だと装え、このままコンビニバイトを続けていても「普通」でいられる。

しかし、同棲を続ける中で白羽はコンビニバイトを続ける彼女の「普通」ではない生き方に将来の不安を覚える。そこで、彼女を正社員につけようと、彼女に「普通」を強要し始める。彼女はその強要に折れ、身を裂かれる思いでコンビニバイトを辞め、無事内定を受ける。しかし、初出社にそれを不意にしてコンビニバイトに戻ってしまう。白羽はそんま彼女に狂気を感じ、去ってしまう。

 

作者の村田さんと主人公の彼女は、年齢も職業も同じだが、作者自身を描いたものではないと言う。ここまで飛び抜けた人間を描いたのは、その方が「普通」を求める世間をより炙り出せるからだ。主人公は持ち前の能力で、指針さえ示せば、それに的確に応えることができる。しかし、「普通」というあやふやで、年齢や状況でコロコロ変わる得体の知れないものに対して、翻弄されてきた。最後に彼女は吹っ切れ、変でもなんでも良いから、コンビニ人間としての道を歩むことにした。

怖いと思うのが、「普通」を強要する世間の図々しさだ。彼女のこうしたいという気持ちを全く聞き入れず、デリカシーのない言葉をあびせかけてくる。そして、その世間の主張の論拠が「みんながそうしているからという」なんの哲学も思想もないことだ。空っぽなのだ。

その世間をはねのけ、コンビニ人間として生きていくことを決めた主人公に、私を含めた多くの読者が勇気付けられたと思う。